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更新日付:2020年3月18日 / ページ番号:C071043

太田美術額縁 代表取締役 太田研一さん

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太田美術額縁の代表取締役である太田研一さんの写真
太田美術額縁 代表取締役 新井さん

さいたま市に元気をくれる人を紹介するコーナー。
今回は、大正時代創業の額縁店である「太田美術額縁」の太田研一さんにお話を聞きました。 

芸術家の集まる浦和の地に

昭和中期の別所沼の様子
昭和中期の別所沼の様子
 太田美術額縁は、大正時代、漆職人であった私の曽祖父が新橋で創業しました。新橋は国内の額縁発祥の地と言える場所で、多くの額縁店が集まっていました。そんな新橋も戦争による空襲の被害が大きく、昭和20年頃ここ浦和の地に太田美術額縁は移りました。
 この場所を選んだのは、多くの著名な芸術家が住んでいたから。別所沼公園のある現在の風景からは想像できないかもしれないけど、当時は沼地や牧場、高台が広がり、県庁の側とは思えない大変景観の良い場所でした。そんな風景を気に入り、多くの芸術家が別所沼を望む高台に住んでいたんですね。浦和の
地に移り70年以上。10年ほど前に先代の叔父から6代目を継ぎました。

作品の外側を制作する仕事

太田美術額縁が制作した額縁
すべて手作業で制作した額縁
 額縁は元々西欧の文化で日本にはなかったものです。日本画には額縁という考えがありませんでしたからね。明治以降、西欧の額縁を真似するところから始まりました。今では機械で制作した額縁が世に出回っていますが、うちでは創業当時から、すべて職人が手作業で制作しています。なぜ手間のかかることを続けるのかと言われることもありますが、手作業だからこそ一つ一つの過程でヨーロッパの文化的な匂いを感じることができます。
 日本画の額縁はシンプルなものが多いですが、油絵などを飾る洋額縁には装飾があり、家の一部分を作っているような感覚があります。ただ、建築家とは違って、額縁制作はいわば他者の作品の「外側」を作る仕事。言葉では説明しにくいですが、その感覚がないとプロの仕事として成り立たない。そこにこの仕事の面白さがありますね。

喜んでもらえるような作品を

額縁の見本
工房内には額縁の見本がずらりと並んでいる

 残念ながら、国内では絵画に関心のある方が減ってきていて、額縁も厳しい状況にあります。額縁は画廊や画家さんが購入されますが、絵画が売れるような額縁を制作してほしいとの依頼が多くあります。どうすれば絵画が売れるような額縁になるか、時間をかけて考えます。「太田さんの額だから絵画を買ってもらうことができた」と言ってもらえる時があると正直嬉しいですね。一品一品向き合っているからこそ、そう思えるのだと思います。お客さんに少しでも喜んでもらいたい、その想いで制作しています。

引き継いできた技術をなくさないために

 過去には職人が見つからず、廃業を迫られたこともあります。また、額縁の制作には、にかわや胡粉、金箔など、さまざまな材料が必要ですが、その材料自体を作れる職人が少なくなってきています。額縁は中身がないと買わないものです。絵画業界の状況を考えると、花やランプ、ビンテージのジーンズなど、これまでとは異なる切り口のものと額縁を組み合わせるなど、新しいことへの挑戦も必要だと思っています。
 厳しい中でも続けているのは、もったいないという想いからですかね。創業以来、西欧の文化を取り入れつつ受け継いできた数多くの型があります。また何よりこれまで引き継いできた技術もあります。一度失われてしまった技術は、たとえ説明が書いてあっても復元できるものではないんですよ。精巧な技術をなくさないために、続けられる限りは続けていきたいですね。

太田美術額縁の制作風景

木地を制作する様子
木地(土台となる木の部分)を制作中。
正確に制作するにはかなりの技術が必要である。
木地に鑿で細工を加える様子
胡粉を塗り白くなった木地に鑿で細工を加える。
細工後に金箔などを施していく。
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